19歳の娘との話の中で、

「在り方」についての話題になった。



娘は学校の友だちとの関係において、

通常、フラットな立ち位置にいて、

積極的に自分から話しかけたりすることは

あまりなく、

愚痴や他の人の噂、悪口を聞かされても、

「そうなんだ。」

「そう感じるんだね。」

「その立場にいるといろいろと大変なのかもね。」

という感じで、

一緒によくも悪くも反応的に盛り上がることはなく、



ただ、誰も否定しない



という在り方でいると。


それで、今、その友たちとは違う道に進み、

違う環境で日々過ごしているのだけど、

旧友から、

「ありがたみがわかった。」

「いてくれるだけで、安心できた。」

「今は、本音を聞いてくれる人がいなくてつらい」

と連絡が来るという。



「特に何をしてあげていたということはないんだけど・・・」

と娘は言うけれど、

きっと、doing ではなく、
being が認められていた

ということなんだと思う。



否定せずに、ありのままを受けとめる。

自分自身がクリアでフラットな状態でいる。


 
そのことが、

ある人にとっては、

受容されていることによる安心感だったり、

助けになったりすることがある。


 
穏やかな波のような。

空に浮かぶ月のような。

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そんな存在だったのかな。 




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